・スクワットを頑張っているのに、なかなか脚が太くならない
・脚トレのモチベーションが続かず、つい上半身ばかり鍛えてしまう
・本当に効果のある脚トレメニューや追い込み方がわからない
脚トレは全身の中でも特にキツく、「今日はスクワットの日か…」と憂鬱になる方も多いのではないでしょうか。重量を上げても回数を増やしても思うように発達しない脚に、もどかしさを感じている方も少なくありません。
脚を本気で発達させたいなら「トムプラッツ」のトレーニング哲学が参考になります。
トムプラッツは1980年代に活躍したボディビルダーで、スクワットの神様と呼ばれる伝説の存在です。当時「ウエストが太くなる」と多くの選手が避けていたスクワットに真正面から向き合い、最盛期には太もも周囲約76cmを超える驚異的な脚を作り上げました。
本記事では、トムプラッツのプロフィールから、伝説の脚を作り上げた具体的なトレーニングメニュー、トレーニーを奮い立たせる名言集、そして70歳を迎えた現在もなお驚異的な脚を維持し続ける最新の姿まで徹底解説していきます。
トムプラッツのプロフィール(身長・体重・妻)

トムプラッツは1980年代に活躍したボディビルダー。当時は脚が大きくない選手が多かったため、トムプラッツの異常に発達した脚は注目の的になり、「脚トレの神」と呼ばれました。
当時はスクワットをするとウエストが太くなると誤認されており、多くの選手はスクワットをしていませんでした。しかし、その時代にスクワットに命を懸けて取り組んでいたのがトムプラッツでした。
- 本名:トムプラッツ(Tom Platz)
- 出身地:アメリカ合衆国(オクラホマ州フォート・シル)
- 生年月日:1955年6月26日
- 身長:約172cm
- 体重:約98kg
- 職業:元プロボディビルダー、指導者
- 妻:Cha Nikito-Platz(チャ・ニキト・プラッツ)
トムプラッツの半生
脚トレの神、トムプラッツはどのような半生を過ごしてきたのでしょうか。ここからは幼少期~現在に至るまでの生い立ちを紹介していきます。
- 幼少期~少年期
- 高校時代~本格的なトレーニング開始~
- 高校卒業後~ボディビルダーとしての生活~
- ボディビル選手として活躍
- トムプラッツの現在の姿
幼少期~少年期
トムプラッツは1955年にアメリカ合衆国オクラホマ州に誕生しました。順調に成長していき、11歳のころにボディビルと出会うきっかけが起こります。
当時のミスター・ユニバース誌をたまたま見たところ、人間離れした肉体を持つ男に惹かれると同時に、トムプラッツは衝撃を受けました。
その後はアーノルド・シュワルツェネッガーなどに憧れてどんどんボディビルの世界にのめりこんでいきました。
高校時代~本格的なトレーニング開始~

トムプラッツは15歳ながら身長172cm、体重74kgと同年代と比べても恵まれた体型をしていました。
そんなトムプラッツの才能を見込んだジムのオーナーに雇ってもらい、トレーナーとして働き始めます。
ジムで働き始めると、周囲の人々にスクワットのやり方を教えてもらい脚トレーニングをスタートします。しかし、当時のトムプラッツの脚トレーニングとはスクワット3セットのみでした。
当時のトムプラッツの体はチキンレッグと言われるほど脚が細くバランスが悪かったようです。
高校卒業後~ボディビルダーとしての生活~
高校卒業後は別のジムに入会してトレーニングに励みます。
ジムにいるウエイトリフターにスクワットのやり方を教えてもらうと、チキンレッグだった脚が異常な速度で発達するようになりました。
当時はスクワットをするとウエストを太くすると考えられていたため多くのボディビルダーは避けていました。
しかしそんな時代に、トムプラッツはハードなスクワットをやりこんでいたことで周囲から驚かれていました。
しかしトムプラッツのウエストは太くならないどころか、脚が太くウエストが絞れている理想体型になっていったため周囲の人々もスクワットをやるようになっていったと言われています。
ボディビル選手として活躍

1977年、当時お金がなかったトムプラッツは50ドルをもってカリフォルニア州ベニスに移り、ゴールドジムでトレーニングを開始しました。そして同年、ミスター・ユニバースでクラス優勝を果たしました。
その後もミスター・ユニバース1980で優勝、1979年から出場し始めたミスター・オリンピアでも6度もTOP10に入賞しています。オリンピアでの最高順位は1981年の3位です。
当時のボディビルダーは上半身に比べると脚の発達が遅れていたため、トムプラッツの異常なまでの脚は脚光を浴びました。
現在でも、有名な脚を持つボディビルダーと言われると真っ先にトムプラッツを上げる人が多いです。
トムプラッツの現在の姿

1955年生まれのトム・プラッツは、2026年現在70歳を迎えていますが、今なお驚異的な脚の筋肉を維持しています。
引退から数十年経った今でも、SNSで公開する脚の写真は「この年齢でこの脚は信じられない」とファンを驚かせ続けています。
現在は世界各地でセミナー講演を行い、自身のトレーニング哲学やモチベーションについて語っています。
2024年には現代ボディビルの過度な薬物使用を批判するなど、業界への提言も積極的に行っています。競技者としては引退しましたが、スクワットの伝道師として今も世界中のトレーニーにインスピレーションを与え続けています。
トムプラッツの脚トレメニュー
トムプラッツはスクワットに関する知識やノウハウを多くのボディビルダーに指導してきています。ここではその内容の一部を紹介していきます。
トムプラッツ流の脚トレ(スクワット)の基礎知識
トム・プラッツのスクワット理論は、一般的なトレーニング常識を覆すものばかりです。
鼻を真下に落とすフォーム意識、大腿四頭筋だけで動作をコントロールする集中力、「限界+5回」という過酷な追い込み。決められた回数で終わらせず、動けなくなるまで自分を追い込むその哲学が伝説的な脚を作り上げました。
上体を下ろす際、鼻を前に突き出すのではなく、真下に落とすイメージで動作する。これにより適切なフォームが維持され、ターゲットとなる筋肉への刺激が正確に入る。
お尻や下背部の筋肉に頼らず、大腿四頭筋のみで動作をコントロールする。他の部位が関与すると負荷が分散し、脚への刺激が弱まってしまう。
マシンは安定して楽だが、バランスを取る必要がないため筋トレ効果が下がる。不安定さから生じる恐怖や緊張こそが、筋肉への刺激を高める重要な要素となる。
決められた回数で止めるのではなく、自分が限界だと感じたところからさらに5回追加する。この追い込みが筋肥大を促す刺激になる。
20〜40レップを通しでカウントすると集中力が途切れる。5回を1セットとして頭の中で区切り、その5回すべての動作に全神経を集中させる。
重い重量を扱うことだけに固執して回数が少なくなるのは、ボディビル的な筋肥大には逆効果。高重量でありながら高回数をこなすことが、脚を大きくする鍵となる。
セット終了時に5%でも力が残っているなら、それは追い込み不足。倒れてもすぐに立ち上がり、動けなくなるまで続ける覚悟で取り組む。
その中でも、トムプラッツの長年の経験から生み出された脚トレの基礎基本を学ぶ動画として、下記が非常におすすめです!
トムプラッツの脚トレに関する指導動画はYouTube上に複数上がっています。

脚トレーニングメニュー

トムプラッツのトレーニングメニューは以下の通りです。合計37セットをこなし、1種目目にはもちろんスクワットを取り入れています。
上記の動画内で必死になってスクワットをしている姿を見ると、脚を筋肥大させるには並み大抵の負荷では効果がないとわかります。
- スクワット:10セット
- ハックスクワット:5セット
- レッグエクステンション:8セット
- レッグカール:8セット
- カーフレイズ:3セット
- マシンカーフレイズ:3セット
発達した脚が有名なのはトムプラッツだけではありません。時代は異なるものの、2009年のジェイカトラーも伝説と呼ばれています。気になる方はチェックしてみてください。

トムプラッツの名言集

トムプラッツは多くの名言を残しており、その多くがトレーニー達のモチベーションを上げ、トレーニングに惹きつけてきました。ここではそのうちのいくつかを紹介していきます。
「スクワットをやれ」
シンプルな一言ですが、プラッツの哲学がすべて凝縮されています。彼にとってスクワットは単なる脚のトレーニングではなく、肉体と精神を同時に鍛え上げる究極の試練でした。
言い訳も理屈も必要ありません。まずバーを担ぎ、しゃがむ。その行動そのものが答えであり、すべての成長はそこから始まるのです。
ジムを敗者のまま去ってはならない。それを受け入るなら死んだほうがましだ。
過激な表現に聞こえますが、プラッツが伝えたいのは「妥協の禁止」です。調子が悪い日でも、自分で決めたノルマは必ずやり切る。敗北を受け入れる癖をつければ、人生のあらゆる場面で同じ逃げ癖が顔を出します。
ジムは自分との約束を守る訓練場です。たとえ小さな勝利でも、必ず何かを達成してから帰る。その積み重ねが、揺るぎない自信を作り上げていきます。
ジムで鍛え上げられたメンタリティは、外でも通用する
重いバーベルの下で培った精神力は、ジムを出た瞬間に消えたりしません。仕事の締め切り、人間関係の困難、すべてに同じ姿勢で立ち向かえるようになります。
プラッツはトレーニングを「人生のリハーサル」と捉えていました。鉄を持ち上げる行為が、人生そのものを持ち上げる力になるのです。
やると決めたなら、やらなきゃいけないんだ。途中で投げ出すな。ジムでは、絶対に自分を貫き通さなければならない。どんな時でも、自分を鼓舞できる人間こそが、最後に勝利を掴む。
決意と継続の重要性を説いた言葉です。プラッツは才能よりも「やり抜く力」を重視しました。誰もが疲れ、誰もが諦めたくなる瞬間があります。
そこで自分自身に火をつけられるかどうかが、勝者と敗者を分けます。外からのモチベーションは当てになりません。自分で自分を奮い立たせる術を持つことが、最終的な勝利への道なのです
ただ与えられたセットやレップをこなすんじゃない。芸術家は、作品と心で対話するものだ。真のボディビルダーは、筋肉を肥大させるんじゃない。筋肉を創り上げるものだ。数字で筋肉は創れない。ロボットになるな。
プラッツがボディビルを「アート」と呼んだ理由がここにあります。3セット10レップという数字をただこなすだけでは、本当の肉体は作れません。一回一回の収縮に意識を込め、筋肉と対話しながら動かすことが大切です。
それが「筋肉を創る」という行為です。マシーンのように無心で動くのではなく、アーティストとして自分の肉体を創造していく、その意識の差が、平凡と非凡を分けるのです。
人は誰もが、何かを成し遂げる力を持っている。この道を選んだのは君自身だ。成し遂げろ。失敗なんて恐れるな。誰も君に興味はない。今すぐに始めろ。寄り道をするな。言い訳もするな。
厳しくも解放的な言葉です。「誰も君に興味はない」という一節は、失敗を恐れる人への処方箋でもあります。周囲の目を気にして動けないなら、そもそも誰も見ていないと知ってください。
自分で選んだ道なら、黙って歩くだけです。言い訳している時間があるなら、その分バーベルを握る。行動だけが、あなたを前に進めてくれます。
「ジムには常にあと、5レップ残っている。もうこれ以上できないと思うだろうが、そこからまだ5レップ残っているんだ」
人間の「限界」は、ほとんどの場合、脳が作り出した幻想です。プラッツは本当の限界が自分の想像よりはるか先にあると信じていました。
「もう無理だ」と感じた瞬間こそが、本当のトレーニングの始まりです。成長はその先にしか存在しません。限界だと思ったところから、さらに5レップ絞り出す。その覚悟が、普通では到達できない領域へと導いてくれます。
「スクワットは私にとって、1つのスポーツその物だった。スクワットラック、、、生死を決める場所がそこだ」
プラッツにとってスクワットラックは神聖な場所でした。300kgを超える重量を担いでフルスクワットを行う、それは肉体の限界と死の恐怖に直面する行為です。
逃げれば潰されます。だからこそ、そこで自分を証明できた者だけが真の強さを手に入れられるのです。彼の伝説的な脚は、この覚悟から生まれました。
「私は運なんて信じない。運は、自分で掴むものだ。」
成功を運のせいにする人間を、プラッツは認めませんでした。「運が良かった」という言葉の裏には、無数の努力と犠牲が隠れています。
準備をし、行動し、諦めなかった者にだけ「運」は微笑みます。つまり運とは待つものではなく、自分の手で引き寄せるものなのです。
トムプラッツのコンテスト成績
トムプラッツは1970年代後半から大会に出場しており、全盛期の1980年代にはミスター・オリンピアの舞台で活躍しました。
当時の審査基準では大きすぎる脚は逆にバランスが悪いとみなされたのか、オリンピアでの優勝経験はありませんが、最高順位3位まで登りつめています。
1979年:ミスター・オリンピア 8位
1980年:ミスター・オリンピア 9位
1980年:Mr. ユニバース 優勝
1981年:ミスター・オリンピア 3位
1982年:ミスター・オリンピア 6位
1984年:ミスター・オリンピア 10位
1985年:ミスター・オリンピア 7位
1986年:ミスター・オリンピア 11位
1987年:デトロイトプロ 6位
トムプラッツの食事メニュー

トムプラッツの時代は筋肥大に効率的なサプリメントやボディビルに特化した食事メニューなどはありませんでした。しかりと毎回の食事から栄養を摂取していたようです。
下記の食事のほかに、食事で補いきれないタンパク質量を確保するためにプロテインは飲んでいたようです。
- MEAL 1:トースト、バター、牛乳
- MEAL 2:全卵5個、ハンバーガー、トマト、パン
- MEAL 3:チーズ、ビスケット、牛乳
- MEAL 4:カッテージチーズと牛肉のサラダ、パン、バター
- MEAL 5:アイスクリーム、ナッツ
現代人が固形食のみでタンパク質を賄うのは非常に困難です。プロテインを上手く活用して日々のトレーニングの効果を最大化させましょう。

トムプラッツのスクワットに対する姿勢を学ぼう!
この記事では、「スクワットの神様」と呼ばれるトムプラッツの脚トレーニング哲学、名言、そして彼の半生を紹介してきました。
トムプラッツが残した最大の功績は、スクワットの価値を世界中のトレーニーに証明したことです。
当時「ウエストが太くなる」と敬遠されていたスクワットに真正面から向き合い、「限界+5回」という過酷な追い込みを自らに課し続けた結果、30インチを超える伝説の脚を作り上げました。
「ジムを敗者のまま去ってはならない」「運は自分で掴むものだ」といった彼の言葉は、単なるトレーニングの心得を超え、人生への向き合い方そのものを教えてくれます。
70歳を迎えた現在もなお驚異的な脚を維持し、世界中でセミナーを行う姿は、継続と情熱の力を体現しています。
トムプラッツから学ぶべきは、特定のトレーニング方法ではなく、「決めたことを最後までやり抜く」という姿勢そのものではないでしょうか。
トムプラッツに関するよくある質問
- トムプラッツはステロイドを使用していたか?
-
トムプラッツは自身の動画でステロイド使用を公言しており、Deca週100mgとWinstrol1日20mgを10年間使用したと述べています。
ただし、この用量は現代のHRT(ホルモン補充療法)以下と極めて少量であり、GH(成長ホルモン)など他の薬物には言及していないことから、実際にはより多くの薬物を使用していた可能性が指摘されている。

